2007年7月アーカイブ

42歳で「お笑い福祉士」として活動を始めた人がいます。
静岡県伊豆の国市(いずのくにし)在住の河合孝彦(かわいたかひこ)さん。
日本福士大学を卒業後、知的障害者施設の指導員をしていた時、コミュニケーションのひとつとしてパントマイムを使ってはどうかと、パントマイムやパフォーマンス学を学びはじめました。パントマイムは障害を持った人の表現を豊かにしてくれ、河合さん自身も様々な表現方法を身につけることができるようになったそうです。
その後、精神科のソーシャルワーカーとして働く中で、心の病の人やその家族、そこで働くスタッフたちも、笑うことで心が元気になっていくのを目の当たりにしました。そこで、パントマイムやピエロパフォーマンス、ジャグリングなどを取り入れながら、自称「お笑い福祉士」として、まわりの人たちを明るく元気にしていきました。

そして、去年11月、静岡県地球温暖化防止活動推進センターが主催する「ストップ温暖化パフォーマンスコンテスト2006」に出場し、見事グランプリを受賞。これを機に、それまでの仕事を辞めて、「お笑い福祉士 めんぼーくん」として独立。学校や病院、老人施設、様々なイベント会場等で、ユニークなパフォーマンスを取り入れた福祉講義やワークショップを行っています。
めんぼーくんとは、大学時代のニックネーム。背が高く、頭がもじゃもじゃでめんぼーに似ていたからだとか・・・。現在はストレスケアも学び、その知識や技術を生かしたライブも企画中です。

「人によって傷つけられた心は、ひとにより癒される。人と人が会ってお互いに癒しあう・・・そんな温かい世の中になってほしい・・・。地球温暖化は個人個人が勝手に生活し、人間関係が冷めてきた結果。人間関係が温まれば温暖化も防止できるのではないか・・・。」
人や自然、地球のことを考える、めんぼーくん。福祉の仕事の経験を生かした「お笑い福祉士」として、今後の活躍が期待されます。

7/22 放送分 「かまぼこ板の絵」

縦6センチ・横12センチ……小さな板切れをキャンパスにしたユニークな展覧会をご存じですか。
これは、愛媛県西予(せいよ)市の「しろかわギャラリー」が毎年開催する「かまぼこ板の絵展覧会」です。

きっかけは、11年前。美術館の講演会の為に招いた講師から「絵は何にでも描けるんですよ」とプレゼントされた5枚のかまぼこ板の絵に、ギャラリーのスタッフたちが心を動かされました。
「この町の間伐材が愛媛県産のかまぼこの板として使われ、全国に届けられている。食べられた後、ごみとして捨てられていたかまぼこの板を、作品としてよみがえらせ、この町に里帰りしてもらおう」かまぼこ板に第二の人生を!をキャッチフレーズに、全国に作品の応募を呼びかけました。
四国の山あいの小さな町からの小さな文化発信。これが全国にこだまして、なんと1万点以上の作品が集まったのです。
平成7年に始まった展覧会は、回を重ねる毎に応募作品数が増え、作品のレベルも着実に向上しています
展覧会を見に来た人々は、「小さなかまぼこ板にどうしてこんな豊かで美しい表現が!?」と驚き、その感動が展覧会の人気を支え、全国から毎年3万を超す来館者を集めています。

もうひとつの感動は、応募者一人一人を大切にする心配り。作品が届くと、ギャラリーのスタッフはその一つ一つに心を込めた直筆のお礼状を送ります。
また、展覧会では優秀賞などの審査はしますが、何万点という応募作品がすべて展示されるのです。
この心ある対応に全国からギャラリーに感謝の手紙が届けられ、心あたたまる交流が続いています。

第13回を迎えた今年の「かまぼこ板の絵展覧会」は、きょう7月22日から、西予市しろかわギャラリーで始まりました。

1年かけて世界一周をした家族が、無事帰国しました。
福岡市在住の栢野克己(かやのかつみ)さん48歳、美都子(みつこ)さん42歳、敬之(たかゆき)くん11歳、光(ひかる)くん9歳。去年4月、それぞれリュックひとつで日本を出発し、アメリカ、中南米、アフリカ、アジア大陸を自分たちの知恵と足で踏みしめ、今年3月に帰国した4人。
ご主人は、ご自身が運営する経営コンサルタントのお仕事を再開。お子さんは、今、元気に学校に通っています。美都子さんは、子供の目からみた世界を本にまとめて出版する為、現在執筆中です。

世界を一人旅、夫婦二人旅をする人は結構いても、小学生の子供2人連れで1年間かけての家族旅行。しかも観光地より、発展途上国中心の旅。予算は、快適に旅すれば3ヶ月でなくなってしまう1人125万円。常に危険を伴うので、どんなにけんかしても離れることはできず、4人寄り添いあいながらの旅だったそうです。1年間の旅は、修行のように思ったことも、素晴らしい自然や人々との触れ合いを通して感動したこともあったようです。いわば、人生の縮図のようなもの。

「人生は一度きり。今しかできないことをしよう」と言い出したご主人。
帰国後の感想は、「死んでもいいと思うくらい素晴らしい景色に出会い、自然の美しさに感動した。でも、環境破壊も目の当たりにした。」一方、世界を一人で旅したこともある旅の達人美都子さんは、「とにかく無事に4人で帰国できたことに、ほっとした。」と正直な感想・・・。
お子さん2人は、南アフリカのスラム街に出向き、現地の子供たちと持って行った折り紙を一緒に折り、大喜びしてくれたことが印象的だったとか。また、戦争で負けた国を訪れた時、当時10歳の息子敬之くんが口にした言葉は「日本は戦争に負けたけど、言語も文化も奪われなかったんだね。」・・・

美都子さんは、そんな敬之くんが書いた日記をもとに、小学生が読める世界に興味を持てる本を、「今年の夏の終わり頃出版できれば」と話しています。

7/8 放送分 「2回のお見送り」

熊本県の人吉駅から鹿児島県の吉松駅を結ぶ肥薩線。一日5往復しか列車が走らないローカル線ですが、険しい山をジグザグに上り下りする「スイッチバック」や、山を螺旋状に上がる「ループ」などの工夫が凝らされ、途中の車窓は山あり谷ありで、日本一の動く展望台といわれています。
その肥薩線に「真の幸せ」と書いて真幸(まさき)と読む駅があります。

山深い中の無人駅。古い古い木造の小さな駅舎がぽつんと建っています。
この駅舎を掃除したり、花を植えたりしているのは、地元の農家のお母さんたち。ボランティアです。
数年前、たまたまお母さんの一人が駅に来てみると、観光列車が止まっていて、大勢の人がホームに降り立っているのを見てびっくりしたそうです。
そのころ、無人の駅舎は雑草が伸び、荒れ放題。「これでは、せっかく来て下さった観光客に申し訳ない」というわけで、仲間を募って駅の美化に取り組んだのです。
やがて、お母さんたちはもうひとつの活動を始めました。
それは、毎週末、手作りの民芸品や季節の農作物を駅に並べて販売すること。これが大人気で、わずか10分ほどの停車時間に観光客がお母さんたちの周りに人垣を作り、会話が弾みます。
とはいえ一日2往復だけの観光列車。そんなに売れるものではありません。
「それでもいいんです。私たちは遠くからやってきたお客さんと触れあいたいの」と、お母さんの一人はにこにこ笑うだけ。
発車時間になって、お母さんたちが大きく手を振って列車を見送る光景も、ちょっとユニーク。というのも、この駅全体がスイッチバックになっているため、いったん駅から遠ざかった列車が山を登る線路に切り替わって再び駅に近付いてくるのです。
すると、お母さんたちは再び列車に向かって大きく手を振ります。
ちょっと嬉しい「2回のお見送り」。今年の夏休みも、観光客と真幸駅のお母さんたちとの間で、この微笑ましい光景が見られることでしょう。

7/1 放送分 「勇気」

営業マンが車の中から見た光景です。
車の往来が多い片側2車線での信号待ち。
停車中、わずか30秒程の出来事でした。
大きな二つの影が、車の上を通り過ぎ、歩道に舞い降りました。
見ると、2羽の大きなカラスが何かをつついていました。
よく見ると、つつかれているのは、握りこぶし程の、産まれて数日と思える小さな子猫だったのです。かわいそうに2羽のカラスの容赦ない仕打ちで、子猫は、泣き叫びながらおなかを上にして、ひっくりかえっていました。
そこへ、悲痛な泣き声を聞いたのか、茂みから、よちよちと2匹の子猫が、現れました。おそらく、兄弟であろう子猫を守ろうと、小さいながらも一生懸命爪をたて、怖い顔をして威嚇。自分たちの10倍はあるであろう大きなカラスたちに立ち向かっていました。それでもやめないカラスたち。
すると、10mほど先から、足の不自由なおばあさんが、その様子に気づき、杖代わりの傘で不自由な足を懸命に前へ運びながら近づき、傘を振りかざし、カラスを追い払おうとしていました。

営業マンは、車を降りて助けたいと思いましたが、車が多い都心部の追い越し車線にいた為、助けることもできず、そのまま車を発信せざるを得なかったそうです。その後、つつかれていた子猫や助けようとした子猫がどうなったかはわかりません。でも、ハンドルを握りながら、その営業マンは、考えたそうです。 友達がいじめられても、見て見ぬふりをする子供たち。優先座席の前で、お年寄りが立っていても、平然と寝たふりをする大人たち。「黙って見過ごしたほうがいいと思っている大衆」=サイレンス・マジョリティのことを。そして、自分もひょっとしたら、その大衆のひとりではないかと。

目の前にいる人や生き物を助けてあげたいという素朴な気持ち。そして、その気持ちを行動に移す「小さな心の勇気」が、ひとりの命や心を助けてあげられる大きなことのように思われました。

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