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MORNING JAM

問題です!

バックナンバー

2023-03-02(木)

計算問題です。

1から9 どの数で割っても

割り切れる整数で、

一番小さいのはいくつでしょう?

(0を除く)

答え:2520

1、2、3、4、5、6、7、8、9の最小公倍数を求める問題。
2と4は8に含まれ、3は9に含まれ、6(2×3)は、8×9に含まれるので除外。
すると、5,7,8,9が残るので、その積が答え。
5×7×8×9=2520

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2023-03-01(水)

泳ぎが得意な特性を生かし、

かつ、心臓を冷たい水から守るため、

こんな形にカットするようになりました。

この動物、何でしょう?

答え:プードル

ヨーロッパ、特にフランスで古くから飼育されてきた犬、プードル。脚や、胴回りなどの毛がカットされ、独特なルックスにされることがよくあるが、あの「プードルカット」はおしゃれのためにやってるのではなかった。
元来、プードルは泳ぎが得意で、鴨猟で仕留めた鴨を取りに行く役目の猟犬だった。そこで、その泳ぎの能力を最大限に生かすために、全体の毛を剃り、冷たい水で心臓の負担を避けるために、胸周りの毛だけは残す。それがあのカットの形となった。現在、ペットの「トリミング」は、いろんな犬種で行われるが、そもそもトリミング自体、プードルのために生まれた技術。

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2023-02-28(火)

スポーツの問題です。

アメリカ・マサチューセッツ州の大学の

体育学部で、1891年、こんな課題が出ました。

「屋内でできる、新しい競技を考えなさい」

若き教官のジェームズは、鬼ごっこや的あてなどの遊びに

ヒントを得て、新しいスポーツを考案。

このスポーツ、何でしょう?

答え:バスケットボール

多くのスポーツが、自然発生的に生まれたのに対して、バスケットボールは、1人の人間が考え広まった、珍しいスポーツ。
国際YMCAトレーニングスクール、今のスプリングフィールド大学で、冬、屋内で体を動かす競技はないか、という話が出て、学生に課題を出す。
学生の案は、屋内で不向きのものが多かったが、当時30歳の若い教官だった、ジェームズ・ネイスミスが
・ボールを持ったまま走らない
・身体接触をしない
・頭上にゴールを置く
などの、今のバスケットボールの基本ルールを考案。この競技は、ラグビー、サッカー、ラクロスをヒントに、鬼ごっこや的あての要素を組み込んだもの。以来、全米のYMCAで、競技が行われ、留学生も多く受け入れていたことから、あっという間に世界中に広まった。

・初めての試合は1891年12月21日に9人対9人で行われ、その18人の中に日本人もいた。その日本人、石川源三郎は実業家となり、今のNHK・東京放送局の設立に携わった人物。

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2023-02-27(月)

クイズ!平成ポップ

もともとは「人類愛」がテーマだったゲーム。

しかし、製作陣が

「同じ肌の色のヒト同士でしか手を繋がないこと」

に違和感を抱き、今のスタイルになって、大ヒットしました。

何というゲームでしょう?

答え:ぷよぷよ

『ぷよぷよ』は、次々と落ちてくる「ぷよ」と呼ばれるゼリー状の物体を積んでいき、「同じ色のぷよを4個つなげると消える」という仕組み。画面が「ぷよ」で溢れないようにするゲーム。
『テトリス』の大ブレイク以降、星の数ほど登場した落ち物パズルゲームのジャンル。その中で最も人気になったゲームの一つが、『ぷよぷよ』シリーズ。
ゲームセンター、家庭用ゲーム機、ケータイ&スマホアプリと、ありとあらゆるプラットフォームに登場し、四半世紀を超えて愛され続けてきた。
ブレイクのポイントは、ゲーム初心者にも分かりやすいシンプルなゲームルール。コミカルで愛らしいキャラクター。そして、落ち物パズルゲームのジャンルで初となった対戦プレイ。
1992年にセガから登場し、ブレイクした『ぷよぷよ』だが、実はその前年、シリーズの原点に当たる、「旧世代ぷよぷよ」が登場している。この「旧世代版」の最大の特徴は、ヒト型のキャラクターが選べることだ。同じ色のヒト型が隣り合うと肩を組み、上下になると肩車をする。そもそも、『ぷよぷよ』の開発当初のタイトルは『ヒトヒト』であり、ヒト型のキャラクターが手をつないだり、肩車したりしながらつながっていく、「人類愛」をテーマにした内容だった。しかし、あるときスタッフが「同じ肌の色のヒト同士でしか手を繋がないこと」に違和感を覚え、現在のスタイルにシフトした。

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2023-02-24(金)

落語なぞなぞ~

「や」を取っても、「お」を取っても

ごはんが食べたくなる、

落語に欠かせないものって、なーんだ?

答え:おはやし(お囃子)

「おはやし」から「や」をとると、「おはし」になって、
「おはやし」から「お」をとると、「ハヤシ」になる…

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2023-02-23(木)

江戸の小噺。

上野、不忍池(しのばずのいけ)は、弁天様の参拝客で大にぎわい。

そこで、有料の貸雪隠(せっちん)つまり、

貸トイレを作ったところ、売り上げも上々。

それを見た別の男が、ならば私も、と、同じように

貸雪隠を建てました。

この男、さらに、自分の方を使ってもらうために

あることをします。

どんな手で、自分の貸雪隠に人を集めたでしょう?

答え:相手の雪隠に先に自分がこっそり入る

江戸中期(1772)に書かれた小噺集『鹿子餅(かのこもち)』に載っている話。
上野の不忍池の小島に弁財天が祀られていて、参拝客で大にぎわい。しかも、島でトイレがないので、貸雪隠(トイレ)を作った人が大儲け。
これを見て、自分も、と考えた男。女房は今さらマネしても失敗するだけだよと止めたが、男はそれを聞かずに貸雪隠を開業。すると何故か、この男の雪隠ばかりお客が入る。女房がわけを問うと、男は「何、簡単さ、お客が来たら隣りの雪隠にこっそり入り、咳をすれば俺の方ばかり入るってものよ」

この噺には続きがあって、元々の雪隠の持ち主が腹を立て、雪隠に工作。男が入ると、板がはずれ、肥え壺に落ちた、という話。

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2023-02-22(水)

落語の起源は、安土桃山時代。

武将たちの話し相手であった

「御伽衆(おとぎしゅう)」の話だと言われています。

その御伽衆が、味方の兵に武勇伝を語る中で、

なぜ、笑える「オチ」をつける

必要があったのでしょう?

答え:(兵士たちの)眠気を覚ますため

もともと落語は、「落とし咄(ばなし)」などと呼ばれ、「落語」と呼ばれるようになったのは1887(明治20)年頃から。
その起源には諸説あるが、安土桃山時代(16世紀末)、武将の側近として彼らの話し相手でもあった「御伽衆(おとぎしゅう)」の夜話が起源だと考えられる。
御伽衆は、普段は武将の政治や軍事の相談相手役で、武芸や趣味の指南役を担っていた。また、戦の際には帯同し、特に話のうまい人が味方の兵に向かって夜通しさまざまな話を語った。兵士たちは敵の夜襲に備えるために夜通し起きている必要があり、彼らの眠気を覚ますために御伽衆は士気を高める武勇伝や武功話を語って聞かせていた。しかしそれでもやはり眠気は迫ってくるもの。そこで、思わず笑ってしまう「オチ」をつけて工夫をする御伽衆が出てきた。この笑い話が、落語の起源。
こうした御伽衆の笑い話は数十年後、江戸時代に入って、京都の僧侶・安楽案策伝(あんらくあんさくでん)によって『醒睡笑(せいすいしょう)』という書物にまとめられた。本のタイトルからも、これらの落とし話が眠気を覚ますためのものだったことが分かる。この書物は現在も読むことができ、中には現在の落語で人気の演目の原形と考えられる話も含まれている。ちなみに策伝は、豊臣秀吉の御伽衆の一人であった。
1790年以降、落とし話の人気に伴って「寄席」が生まれ、庶民の娯楽の場として急速に広がった。

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2023-02-21(火)

今年で開園40周年を迎える、東京ディズニーランド。

開園当初からある、

シンデレラ城の時計。

見たことはありますか?

時間以外に、何が分かるようになっているでしょう?

答え:太陽や月、(星座)の位置

1983年4月15日に東京ディズニーランドが開園した時からある、シンデレラ城。シンデレラ城があるのは、世界でも、アメリカ・フロリダ州にあるウォルト・ディズニー・ワールドと東京ディズニーランドの2ヵ所のみ。
高さは51mで、遠近法を利用して実際よりも膨張して見える様式が採られている。具体的には、石垣や窓、扉などの装飾物が上に向かって段々小さくなっていくように造られている。
シンデレラ城の最も高い塔は金色をしているが、これはディズニーの生みの親であるウォルト・ディズニーが関係している。東京ディズニーランド建設中に亡くなったウォルトが、好きだった金色を目印に、「天国から東京ディズニーランドを見つけられるように」という想いが込められている。
時計は天文時計になっていて、時間だけでなく太陽や月、十二星座の相対的な位置が分かるようになっている。文字盤の他に星座を模した盤が描かれていたり、太陽や月の位置を示すための針がある。
シンデレラの舞台は平和な国だが、お城自体は攻守対策がなされた造りが垣間見える。落とし格子や、隙間窓と呼ばれる、敵が攻めてきた時に銃や弓矢を出して戦うための窓。石落としと呼ばれる、城壁を登ってくる敵に石や熱湯を落として防御するための窓などがある。

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2023-02-20(月)

生志師匠の師匠、

立川談志さん。

飛行機に乗る前に、大好きなものを

たくさん食べた結果、

その匂いで飛行機を停止させてしまいました。

何を食べたんでしょう?

答え:ドリアン

自ら落語立川流を主宰し、「家元」を名乗る七代目 立川 談志(1935年〈昭和10年〉12月2日- 2011年〈平成23年〉11月21日)。
古典落語に広く通じ、現代と古典との乖離を絶えず意識しつつ、長年にわたって理論と感覚の両面から落語に挑み続けた。テレビ番組『笑点』は談志が自ら企画して実現したもの。古典落語を現代的価値観で表現し直そうとする努力が高く評価されたが、その荒唐無稽・破天荒ぶりから好き嫌いが大きく分かれる落語家の一人でもあった。
戦中・戦後の貧しい時代が青春時代であったために食に対するこだわりも多く、特に食べ物を粗末することを嫌い、前日残った食材を朝の味噌汁に入れたり、カレーに入れたりする。楽屋にも余程のことがない限りは手作り弁当を持参し、楽屋弁当は用意させなかった。
食べ物の中でも、強烈な匂いを持つことで知られる果物・ドリアンが大好物であった。娘の話によれば、談志が大量にドリアンを食べた後に飛行機に乗った際、その強烈な匂いで飛行機を止めてしまったこともあったという。
家族で香港に旅行に行った帰り、飛行機に乗るまでドリアンを食べ貯めていた談志。座席についた談志が「ガス臭くないか?」と言い出し、CAを呼んだ。機内チェックが始まってしばらくした時に、談志がゲップをした。談志が一番自分のゲップに驚いていたが、異臭の原因が自分だったとは報告しなかった。

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2023-02-17(金)

なぞなぞぶらりーの~

今月だけ、

ぶらぶら、ぶら下がってる

楽器って、なーんだ?

答え:笛

February フェブラリーは、笛・ブラリ…

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