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MORNING JAM

問題です!

バックナンバー

2021-08-13(金)

何もつかない時は「まとめる」

点々が1つつくと「通り抜ける」

点々が2つついた時は「調べる」

この言葉、なーんだ?



(原案:T&Yなぞなぞサイト)

答え:ググる

何もつかない時は、「くくる」(まとめる、しばる)
1つ濁点がつくと、「くぐる」(通り抜ける)
2つ濁点がつくと、「ぐぐる」(検索する)

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2021-08-12(木)

計算問題です。メモをとりながら、よーく聞いて下さい。

漢字の「口(くち)」を書いて、その下にくっつけて、

漢字の「皿(さら)」を書いて下さい。

四角に囲まれた4つのスペースができました。

5色の絵の具を使って、隣り合うスペースが

同じ色にならないよう塗り分ける時、

塗り方は、何通りあるでしょう?

答え:180通り

「皿」の右と左のスペースは、同じ色でもいいので、4つのスペースで4色使うとは限らない。(3色の時もある)
そのような条件に影響されない所から計算すると、あっさりと解ける。
(左右のスペースは後回しにすると、めんどくさくならない)
上の「口」に入るのが5通りとすると、
下の「皿」の真ん中に入るのは、5-1=4通り。
「皿」の左右に入るのは、それぞれ、5-2=3通りになるので、
すべてかけ合わせると、5×4×3×3=180通りとなる。

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2021-08-11(水)

クイズ!オリンピックこぼれ話

柔道男子100キロ級で金メダルを獲得したウルフ・アロン選手は、

柔道着の胸元から見える「胸毛」がトレードマーク。

ウルフ選手は、以前は剃って試合に臨んでいましたが、

おととしから、胸毛を剃らずに試合に出るようになりました。

どんな目的で、剃るのを止めたでしょう?

答え:体力温存のため

ウルフ・アロン選手(1996年生まれ、25歳)は父親がドイツ系アメリカ人で、母親が日本人。日本生まれ日本育ちで、自己紹介の鉄板のあいさつは「こんな顔してますが、英語はしゃべれません」。
胸毛がトレードマークだが、以前は「ケガ(毛が)なくなるように」という験担ぎで剃って試合に臨んでいた。しかし、知人から「胸毛を剃ると、生えるのに力が取られる」と聞いたのをきっかけに、体力温存の目的で剃るのを止めた。
コロナ禍では料理に目覚め、豊洲市場で40センチ以上のアジやブリを買って、自分でさばき、寿司を握るようになった。「集中力は柔道と同じ。敵をさばいている感じ」だという。

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2021-08-10(火)

クイズ オリンピック こぼれ話

1996年のアトランタオリンピック以来、6大会で、

オリンピックの出場を果たした、男子板飛び込み代表、

寺内健(てらうち・けん)選手。

寺内選手が、あまりに多すぎて忘れてしまうという、

大ベテランならではの「悩み」。

何が沢山あるんでしょう?

答え:験担ぎ

板飛び込みで日本代表選手として、東京オリンピックに出場した寺内健(けん)選手。(1980年生、40歳)
1996年16歳で初めてアトランタオリンピックに出場し、以来、2000年シドニー、2004年アテネ、2008年北京、2016年リオ、2020(2021)東京の計6回出場。(これは日本男子最多タイ)
今回は、3m飛板飛込(とびいたとびこみ)シンクロ(5位)
    3m飛板飛込(12位)の2種目に出場した。
30年近い競技人生での悩みは、次々に験担ぎが増えて、「験担ぎだらけで、何が自分の験担ぎか忘れる」こと。数多い験担ぎの中でも一番の験担ぎは、「階段は左から登る」こと。飛び込みはひたすら、階段登って飛ぶ、の繰り返し。なので、時々ボーっとして右から登ってしまう事もある。その時は、もう一度、左から登り直すという。

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2021-08-09(月)

東京オリンピック閉会式は見ましたか?

次回の開催地であるパリの市長に、

オリンピック旗を渡す引き継ぎ式。

そのBGMで流れていた曲、何だったでしょう?

答え:東京は夜の七時

8/8(日)の夜8時から行われたオリンピック閉会式。
ネット上では「東京は夜の七時」がトレンドワード入りした。「東京は夜の七時」は、1990年代に活躍したポップスグループ「ピチカート・ファイヴ」が1993年に放ったヒット曲。閉会式の終盤で2024年の開催地であるフランス・パリへの引き継ぎ式が行われた際、小池百合子都知事が五輪旗をバッハIOC会長やイダルゴ・パリ市長に渡すタイミングでBGMとして流れていた。
ネットでは、ピチカート・ファイヴはフレンチポップをベースにしており、そのインスピレーションなのでは?という解釈や「渋谷系生き残る!」「やるじゃん」「さりげない」「ちょっと上がった」などの高評価する声が上がった。

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2021-08-06(金)

ソフトボール日本代表のメンバーとして、

金メダルを獲得した、キャッチャー峰幸代選手。

去年、オリンピックの延期が決まった時、峰選手は

アメリカのエース、モニカ・アボット投手の言葉に救われたそうです。

その言葉とは…

「〇〇〇だから、あと1年なんて全然問題ない」

アボット投手は、何と言ったでしょう?

答え:12年も待ったのだから、あと1年なんて全然問題ない

2008年の北京オリンピックで、「上野の413球」をすべて受けた峰幸代選手は2014年に一度引退。
しかし、「もう一度オリンピックを目指したい」と2016年に復帰。
トヨタ自動車女子ソフトボール部(レッドテリアーズ)に入団し、モニカ・アボット投手(現在36歳)のチームメイト(バッテリー)となる。
東京オリンピックの1年延期が決まった直後、アメリカに帰国しているアボットの談話の記事を目にした。
「12年も待ったのだから、あと1年なんて全然問題ない」
この前向きな思考にうなずき、「いい準備ができる期間が増えた」と受け止めたという。
今回のオリンピックの正捕手は我妻悠香が務めたが、自らチームの潤滑油となって、一体となって戦う雰囲気を作った。
3戦目のイタリア戦で代打で13年ぶりの五輪の舞台。ライト前ヒットを放った。4戦目、アメリカ戦(1次リーグ)で、先発フル出場した。
2対1でサヨナラ負けだったが、「五輪でマスクをかぶることができたので、すごくうれしかった。13年間頑張ってきて本当によかった。すごく幸せでした。」と語った。

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2021-08-05(木)

オリンピック、記憶に残る記録

2000年のシドニーオリンピックで、

赤道ギニアの選手エリック・ムサンバニが

出した記録、1分52秒72。

これは世界記録より1分以上も遅い記録。

何の種目だったでしょう?

答え:競泳 100m自由形

2000年、シドニーオリンピックで、参加標準記録に達していない3人の選手が招待された。
その中の1人が、赤道ギニアのエリック・ムサンバニ。
赤道ギニアにはプールがほとんどなく、彼も初めて泳いだのが、大会の8か月前。赤道ギニア国内で最も長いプールは、ホテルにある17mのプール。シドニーに着くまで50mプールは見たこともなかった。ムサンバニのフォームは、泳ぐのもやっとというものだったが、1分52秒72というタイムで、足もつくことなく無事にゴール。オリンピック史上最も遅い記録で、世界記録(当時48秒18)より1分以上遅いタイム。
だが、クーベルタン男爵の「参加する事に意義がある」という言葉を象徴する出来事となった。
シドニー大会後、ムサンバニはトレーニングを続け、57秒を切るタイムを出すようになり、2004年アテネに出る予定だったが、ビザの問題で出場は叶わなかった。

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2021-08-04(水)

昨日、ボクシング女子フェザー級で

金メダルを獲得した、20歳の入江聖奈(せな)選手。

彼女はカエルが大好きで、インスタの投稿も

ほとんどがカエルの写真で埋めつくされています。

そんな入江選手がロケに付いて行きたい、

という「テレビ番組」は何でしょう?

答え:ナショナルジオグラフィック

2000年生まれの入江聖奈選手。ボクシングを始めたのは、小2の時で、母親が愛読していたボクシングマンガ『がんばれ元気』がきっかけ。小5の時に、「オリンピックで金メダルを取る」と決定し、その夢を叶えた。
そんな彼女は、カエルが大好き。しかもキャラ的なカエルとかではなく、リアルなカエル。休みの日には、川や池にオタマジャクシやカエルを探しに行き、インスタの投稿もほとんどがカエルの写真。自分のアイコンもカエルの写真。そして彼女の夢は、ナショナルジオグラフィックのカエルのロケに帯同すること。
鳥取県米子市出身。現在日体大の3年生。

オリンピック前の入江選手の言葉
「自分が試合することが他の人からそんなに望まれていない。そういう葛藤を持ちながら、戦うかもしれないが、すべて背負ったオリンピックにしたい」

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2021-08-03(火)

オリンピックのシンボルの5つの輪は、

「5つの大陸」を表しています。

では、5つの輪に、青、黄色、黒、緑、赤の

5色が選ばれたのは

何故でしょう?

答え:世界のほとんどの国旗を描くことができるから

古代オリンピックに感銘を受け、新たにオリンピックを始めようと提唱した「近代オリンピックの父」、フランスのクーベルタン男爵。
5つの輪の「オリンピックシンボル」を考案したのもクーベルタン。5つの輪は、ヨーロッパ、アメリカ(南北合わせて)、アフリカ、アジア、オセアニアの5つの大陸を表している。(どの色が、どの大陸ということはない)
そして、この5輪、左から「青、黄、黒、緑、赤」の5つの色に旗の地の色の「白」を加えた6色で、世界の国旗のほとんどを描くことができる。(クーベルタンは、そういう理由でこの色を選んだ、と書き残している)

・「オリンピックは、勝つことではなく、参加することにこそ意義がある」
これは、クーベルタンが有名にした言葉。
(元々は、アメリカの聖職者が言った言葉だが、それに感銘を受け、クーベルタンが引用し、世界に広まった。)

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2021-08-02(月)

東京オリンピック、自転車女子個人ロードレースで、

金メダルを獲得した、

オーストリア代表アナ・キーゼンホファー選手。

普段は、自転車と関係のない仕事をしています。

その職業、何でしょう?

答え:数学者

オリンピック初出場にして、3時間52分45秒で金メダルを獲得した、アナ・キーゼンホファー選手(30)。
ロードレースは個人種目だが、実は団体戦。複数の選手が出場する国は、エースのために仲間が風よけ役を交代で務めながら走るが、オーストリアから唯一参加のキーゼンホファーは「0キロ・メートルからアタックすると決めていた」。
競技を始めたのは2014年。昨年の世界選手権は44位、今年は国内選手権6位と、全くノーマークの存在だった。
本職は数学の研究。ウィーン工科大を卒業後、英国やスペインの大学で学び博士号を取得。現在はスイスの大学で研究を続け、学生への指導も行っている。
一人の戦いを支えたのは、研究者として培った分析力と実行力。「自分のトレーニング計画こそが最高のスポーツ科学。自分を一番知るのは自分」。五輪前はトレーニング中の心拍数や体温のデータを分析し、細部までグラフ化した。毎日の練習の負荷を調整し、酷暑のレースに向け、どう順応したのか、自らのSNSで公開した。
研究もあってプロの選手と同じようには練習できない環境だ。それでも「収入は全て自転車に費やす」と言い「五輪を目指したこの1年半は色んな犠牲を払ってきた」と実感を込めた。

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